ピアノの基本

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History ピアノの歴史

ピアノのルーツとなった楽器

写真:ダルシマーダルシマー(浜松市楽器博物館所蔵)

ダルシマー
11世紀に中近東からヨーロッパに伝わった、ツィター族の打弦楽器。台形の共鳴箱の上に弦を張ってあり、その弦を小さい槌(マレット)で叩いて音を出す発音方式の楽器です。
クラヴィコード
14世紀に誕生し、ルネサンスの時期にポピュラーな鍵盤楽器として、上流家庭の間で普及。モノコードと呼ばれる楽器に鍵盤をつけたもので、鍵盤の奥に上向きにつけられた金属製(真鍮)のタンジェントという棒が弦を叩いて音を出す仕組み。
音域は4~5オクターブ。音色は繊細で美しく、ヴィブラートも出せるが、音量が非常に小さい楽器です。

写真:チェンバロチェンバロ(浜松市楽器博物館所蔵)

チェンバロ
1500年頃にイタリアで誕生し、ヨーロッパ各地に広まった。バロック時代に大活躍した鍵盤楽器。鍵盤を押すと細長い棒状のジャックに取り付けられた爪(プレクトラム)が、弦をはじいて音を出す仕組み。(撥弦楽器)国によって、ハープシコード、キールフリューゲル、クラブサン、クラヴィチェンバロなど様々な呼び方があったようです。クラヴィコードより大型で、豪華で音量も大きいことが特徴。
ヴァージナル/スピネット
チェンバロと機構が似ていて、卓上用に小型化された鍵盤楽器。特にヴァージナルは16-17世紀のイギリスで愛用されていました。

ピアノの歴史と作曲家

ピアノが誕生したのは18世紀初頭のイタリア・フィレンツェ。

ピアノは18世紀初頭の1709年、イタリア人のチェンバロ製作家バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)によって初めて製作。当時の貴族たちは自分のために楽器製作家に楽器を作らせることが多く、フィレンツェのメディチ家の王子が、当時鍵盤楽器の主流だったチェンバロに、その弱点である強弱の乏しい表現を改良するよう、仕えていたクリストフォリに依頼して製作させたことが始まりです。クリストフォリはチェンバロを改良し、「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ(ピアノもフォルテも出せるチェンバロ)」を製作。この名前が短縮されて、「ピアノ」と呼ばれるようになりました。

写真:浜松市楽器博物館に展示されている、クリストフォリ製作のピアノのレプリカクリストフォリ製作のピアノのレプリカ
(浜松市楽器博物館所蔵)

18世紀初頭に活躍した作曲家(バロック)

J・Sバッハは当時のピアノを気に入らなかったようですが、息子たちは好んで使用したようです。
ヘンデルはクリストフォリの工房を訪れてピアノに大変興味を持ったとのこと。

  • 写真:ヴィヴァルディ(1678~1741)
  • 写真:J・Sバッハ(1685~1750)
  • 写真:ヘンデル(1685~1758)

写真:18世紀後期のピアノ18世紀後期のピアノ
(浜松市楽器博物館所蔵)

18世紀には、ピアノはドイツ・イギリスなど
ヨーロッパに広く伝わり大きく発展。

その後ピアノの開発は、ドイツ人のオルガン製作家、ゴットフリート・ジルバーマン(1683-1753)に受け継がれ発展。18世紀後半には、ドイツのヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728-92)が、ジルバーマンのメカニズムに改良を加え、ドイツ式(ウィーン式)アクションを完成させました。シュタインのピアノは、連打が可能なエスケープメント機構を備えていて、軽快なタッチと音が特徴でした。

このピアノの鍵盤は浅く、現在の半分くらいの軽さで弾けたようです。音域は5オクターブで、61鍵でした。同じ頃、イギリスではヨハネス・ツンペがクラヴィコードにハンマーアクション(イギリス式アクション)を付けたスクエアピアノを開発。1780年頃、ジョン・ブロードウッドが、ツンペが開発したイギリス式アクションを改良し、弦の弾力を増し、フレームも強化したピアノを製造しました。

この頃活躍した作曲家(古典派)

21歳のモーツァルトはシュタイン製のピアノに出会って感動し、愛用して多くのピアノ作品を生み出しました。1768年には、J.S.バッハの息子であるJ.C.バッハが、スクエアピアノで、世界で初めてのピアノ・ソロ公開演奏を行いました。
晩年のベートーヴェンは、抵抗感のあるタッチと、力強い音が特徴のブロードウッド製のピアノを愛用していました。

  • 写真:ヴィヴァルディ(1678~1741)
  • 写真:J・Sバッハ(1685~1750)
  • 写真:ヘンデル(1685~1758)

19世紀にはピアノは手作りから工業生産に変化、貴族のものから一般大衆に。

この頃ピアノは、一台一台手作りで、音域は5オクターブが標準。19世紀からはピアノは工業生産に変化し、音域も広くなっていきます。1789年のフランス革命以降、貴族のものだったピアノ音楽は一般大衆化します。18世紀末には、多くの人を収容できるホールができ、ピアノもそれに対応できるように、大きな音量と音の伸びが必要になりました。そこで、弦はより高い張力で張られ、それを支えるフレームにも、頑丈な鉄骨が使われ始めます。手作りでは製造が不可能になり、工業生産されるようになりました。

1821年には、フランスのピエール・エラールが、素早い連打も可能にした画期的な現代グランドアクション(ダブルエスケープメントアクション)を発明。 以降、各国で、様々なピアノの製造方法が改良されたり発明されたりしました。 弦は、それまでの細い真鍮からミュージックワイヤーに代わり、音量が増大。また、低音の音量を上げるために、太い銅の巻線を使用するようになりました。張弦を交叉(こうさ)式にした交叉弦も考案され、コンパクトになり、音域は82鍵まで広がりました。

写真:エラール製のピアノエラール製のピアノ
(浜松市楽器博物館所蔵)

この頃活躍した作曲家(ロマン派)

この頃のピアノ音楽はロマン派の時代。素早い連打やトリルなどの装飾音、速いパッセージが多用されました。リストは激しい演奏でよくピアノを壊していたようですが、それに対応してピアノは丈夫になっていきました。ショパン、リストはエラール製のピアノを使用していたようです。

  • 写真:シューベルト(1797~1828)
  • 写真:ショパン(1810~1849)
  • 写真:リスト(1811~1886)

奏法の発達と技術革新が進み、19世紀半ばにはほぼ現在と同等の仕様に至る。

19世紀半ばには、ピアノのメカニズムは一応完成し、現在のものとほぼ同じになりました。1840年に、ピアノの弦は、更に太い巻線になり、全体の張力も増大しました。そして、それを支えるフレームは鋳物(いもの)の鉄骨を組むようになりました。これ以降、ピアノは大ホールに対応できる音量や、協奏曲などでオーケストラに負けないようにするために、改良されていきます。鍵盤は長くなり、沈みも深くなりました。弦も限界まで張力を高め、現代では20トンに及びます。第一次大戦後、音域は現在と同じ88鍵になりました。このように300年以上の歴史を経て、現在のピアノが完成しました。

写真:アップライトピアノの誕生は19世紀初め

アップライトピアノの誕生は19世紀初め。

18世紀に、ハープシーコードの弦を垂直方向に張ったクラヴィシテリウムが多く作られました。これを元に、フィラデルフィアのジョン・アイザック・ホーキンスがアップライトピアノを1800年に製作し、コンパクトなピアノとして、広く普及するようになり、現代にまで続いています。

写真:浜松市楽器博物館所蔵

Structure ピアノのしくみ

図:ピアノの発音方法

ピアノの発音方法

ピアノの鍵盤を指で押すと、その力がアクションという部分を通してハンマーに伝わり、ハンマーが弦を打って弦が振動します。
そして、響板が空気振動を広げ大きな音を発音します。これがピアノの音が出る仕組みです。
ちなみに、ピアノに使われている部品の数は、アクション部分に約6000個、その他の部分に約2000個。全体で約8000個にものぼります。

各部の役割

ピアノの鍵盤を指で押すと、その力がアクションという部分を通してハンマーに伝わり、ハンマーが弦を打って弦が振動します。そして、響板が空気振動を広げ大きな音を発音します。これがピアノの音が出る仕組みです。
ちなみに、ピアノに使われている部品の数は、アクション部分に約6000個、その他の部分に約2000個。全体で約8000個にものぼります。

  • 写真:鍵盤

    鍵盤

    鍵盤(キイ)が沈むと、その力がアクションを通してハンマーに伝わり、てこの原理でより強い力になって弦を打つ。キイが沈む深さは約10mm、キイの重さは48~58g。

  • 写真:アクション

    アクション

    指の動きをハンマーの運動に変える部分。鍵盤の動きを五倍の力にして打弦する。例えばキイが10mm沈めば、アクションはハンマーを50mm動かす。
    1鍵につき70個近くの部品でできていて、極めて精密なメカニズムで作動し、指先の運動を忠実にハンマーに伝えるようにできている。

  • 写真:ハンマー

    ハンマー

    弦を叩いて弦振動を起こし、音を出す。音色や音量、音のバランスの要となる部分。芯になる木に、羊毛を圧縮したフェルトを巻きつけてある。形状や弾力性を保つため、10トンもの力でフェルトが巻きつけられている。美しい音色を作るために、フェルトの表面は柔らかく、内部は硬くなるように工夫されている。
    ハンマーが弦と接触する時間は、中音部で千分の一秒から二秒。ハンマーと弦の距離は、静止状態で46~48mm。

  • 写真:弦

    ハンマーで打つと、一定の周波数で振動し、音を出す。音色、音量、音律など、音の質に関わる部分。ミュージックワイヤーと呼ばれ、純度の高い炭素鋼(たんそこう)で作られている。
    最低音は1音につき1本、低音部は2本、それ以外は1音につき3本の弦が張ってあり、総計約230本になる。
    1本あたり約80キロ、全体で18トンの力で張られている。高音部は細く短く、低音部にいくに従って太く長くなる。高音部~中音部は裸線、低音部は銅の巻線が使われている。

  • 写真:響板

    響板

    弦の振動は、駒(ブリッジ)を通して響板に伝わり、響板がそれを共鳴させて響かせる。スピーカーのような役目を持ち、音の決め手となる部分。エゾマツやスプルースを年月をかけて乾燥したもので作られている。

写真:鍵盤

鍵盤の数

現在、ピアノの鍵盤の数は、88鍵が主流です。最低音のAは27.5Hz、最高音のCが4186Hzです。人間の可聴範囲は約20Hz~20000Hzと言われているので、倍音(基となる音の整数倍の振動数をもつ音。耳を澄ますとかすかに聴こえる)のことも考えれば、これ以上の鍵盤は必要無いと思われます。

しかし、88鍵に落ち着くまでには長い道のりがありました。最初のピアノは54鍵で、ピアノの進化とともに音域も広がってきたのです。
※ベーゼンドルファーのmodel290 inperial は97鍵の特殊なモデルとして有名。

写真:ペダル

ペダルの機能

ペダルは、ピアノの音に強弱や余韻をつけたり、音色を変えたりするために、指で鍵盤を弾く動作と連動させながら、足で踏んで操作するものです。ピアノによって、二本だったり三本だったりしますが、グランドピアノとアップライトピアノでその役割は違っています。

写真:グランドピアノ

左:シフトペダル音量が減り、音色が変化する効果
このペダルを踏むとハンマーもスライドし、最低音では普段弦を叩かない端の柔らかい部分で叩き、低音部では一本、それ以外では二本しか叩かなくなる。そのため音量が減り、音色も微妙に変化するという効果がある。
真ん中:ソステヌート特定の音だけを響かせる効果
これを踏むと、特定の音だけにラウドペダルと同じ効果を与え、他の音は普通に弾くという事ができる。例えばドレミと順番に弾く時に、ドの音でこれを踏むと、ドだけが響きっぱなしになり、レミは普通に音が止まる。
右:ラウドペダル(ダンパーペダル)音量が大きくなり、響きが豊かになる
このペダルを踏んでいる間は、ダンパーが全て弦から離れて戻らなくなり、弾いた後に鍵盤から指離しても、弦の振動が長く続き、その間音が響きっぱなしの状態になる。そして他の弦にも共鳴し、音量が大きくなると同時に響きがとても豊かになるという効果がある。

写真:アップライトピアノ

左:シフトペダル音がソフトになる効果
これを踏むと、ハンマー全体が弦に近づき、打弦の距離が近くなる。それによって、音がソフトになるという効果がある。
真ん中:ペダルマフラーペダル音量が大幅に下がる効果
これを踏むと、ハンマーと弦の間にフェルトの布が下がる。踏んでいる間はハンマーがフェルト越しに弦を打つようになるので、音量が大幅に下がる。近所に配慮しなくてはならない場合などに便利。
右:ラウドペダル(ダンパーペダル)音量が大きくなり、響きが豊かになる
このペダルを踏んでいる間は、ダンパーが全て弦から離れて戻らなくなり、弾いた後に鍵盤から指離しても、弦の振動が長く続き、その間音が響きっぱなしの状態になる。そして他の弦にも共鳴し、音量が大きくなると同時に響きがとても豊かになるという効果がある。

Structure ピアノの主要メーカー

スタインウェイ&サンズスタインウェイ&サンズ(アメリカ・ドイツ)

スタインウェイ・アンド・サンズは、ドイツからアメリカへ移住したヘンリー・エンゲルハート・スタインウェイ(1797~1871)によって1853年にアメリカ合衆国ニューヨークで設立されたピアノ製造会社。ベヒシュタイン、ベーゼンドルファーと並んで、世界のピアノメーカー御三家の一つに数えられています。世界最高峰のピアノを作るという理念を掲げ、マイスターから弟子へと幾世代にもわたって受け継がれた技術を一つずつ取り入れ、ピアノを作ってきました。
創業以来、音色、タッチ、美しさ、さらに資産価値も含めて現代ピアノの規範となったスタインウェイ。現在、コンサートピア二ストの10人に9人がスタインウェイを選ぶなど、世界中のアーティストから圧倒的な信頼を得ています。ヘンリーの死後、1880年に故郷のハンブルグに工場が設立され、両方が生産拠点となっています。スタインウェイのピアノは、世界で最も有名なピアノの代表格であり、俗に「神々の楽器」として知られていますが、これは多くの伝説的なピアニストや作曲家達の信奉の結果でもあります。

ベーゼンドルファーベーゼンドルファー(オーストリア)

イグナツ・ベーゼンドルファー(1794~1859)が1828年に、”音楽の都"ウィーンに設立。
「ウィンナートーン」の代名詞となったベーゼンドルファー。リスト、ブラームス、ヨハン・シュトラウス、ブゾーニ・・・数多くの音楽家からの助言、そして「至福のピアニッシモ」といわれる美しい響きを大切に継承し、楽器としての個性を確立することができたピアノです。そして、現在も伝統工法に従い、熟練した職人たちの手で十分な時間をかけて製作されています。世界に送り出されるベーゼンドルファーは、ウィーンの音色の使者として重要な役割を果たしています。
超絶技巧のピアニストであるフランツ・リストの激しい演奏に耐えたことで有名に。また「インペリアル」という97鍵のピアノを生産していることでも有名なピアノメーカー。
創業より185年という永い歴史の中で、まだ50,000台しか製造しておらず、現在、年間の製造数は僅かに250台という数字でしかありません。
伝統的な音色、技術を重視し、いわゆる大量生産ではなく優れた技術者たちが 一台、一台、十分に時間をかけて造り出していく「芸術品」であることを表しています。

ベヒシュタインベヒシュタイン(ドイツ)

カール・ベヒシュタインが1853年に、ベルリンに設立。フランツ・リストやクロード・ドビュッシー等が絶賛し、「ピアノのストラディバリウス」と言われている名器。クロード・ドビュッシーはべヒシュタインのピアノを「ピアノ音楽は、ベヒシュタインのためだけに書かれるべきだ」と評し、リストからチック・コリアまで、クラシック界だけでなく、著名なジャズピアニストまでもがたびたび使用しました。
美しくみずみずしい音の透明感、まるでシルクをなでるような鍵盤のタッチ感、壮大でダイナミックな表現力、そして天使の声のような柔らかさ。その珠玉の音色は常に世の音楽家達を魅了してきました。
世界恐慌や第二次世界大戦により、工場が崩壊するなど暗い時代を経るものの、楽器製造のワークマンシップを最優先におくピアノ造りや、響きの芸術品として広く認知されるという目的を持って再生、妥協を辞さない技術者やピアノ製造マイスターが音響体を作り上げる一つずつの努力の積み重ね、まるで宝石作りのように丹念に手で磨いてゆくベヒシュタインの製造手法がベヒシュタインのピアノに光を与え、魅力に満ち溢れた個性を生み出しています。

ヤマハヤマハ(日本)

山葉寅楠(1851~1916)が、1897年に日本楽器製造株式会社を設立。1987年に、現在のヤマハ株式会社に社名を変更。
1900年に初めて国産のアップライトピアノを製造。1902年にはグランドピアノの製造も開始します。美しい音とは何か、優れたタッチとは何か、そう問いかけながらピアノづくりのノウハウを積み重ねてきました。
1990年には世界最大のピアノメーカーになり、生産台数500万台を越え、海外からも高い評価を得ています。
静岡県掛川市にあるグランドピアノ工場は見学も可能。日本の楽器作り・ピアノ製造の礎を作ったメーカーです。

カワイカワイ(日本)

日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた河合小市が独立し、1927年に河合楽器研究所を設立。1951年に株式会社河合楽器製作所を設立。
クリスタルグランドピアノという透明なピアノを製作していて、元X-JAPANのYOSHIKIが愛用しています。
日本のピアノ製造を創世記から支え、礎を作ったピアノメーカー。

ディアパソンディアパソン(日本)

日本楽器製造(現・ヤマハ株式会社)に勤務していた大橋幡岩が1948年に製作。
1979年には、日本のピアノを国際的な水準に高めたということで、勲六等単光旭日章を受けています。
理想を追求したそのピアノは、奇しくも音楽的価値で世界を凌駕したベヒシュタインに音質が近いと評され、正統なヨーロッパタイプの音質を持つと評されました。手づくりを主流とするヨーロッパの名品に見られますが、近年ではごく限られたコンサートピアノのみに採用されている「総一本張り」張弦方式を採用。この一本張り方式はベーゼンドルファー等のヨーロッパの名器に採用されているが、日本メーカーではここだけです。